人生/生死 名言
・NEXT⇒(6ページ目)
・⇐BACK(4ページ目)
人物:瀬戸内寂聴
それは、この世に自分という存在は、たった一人しかいない、唯一無二の人生を、悔いなく生きるべし、という意味なのである。
人物:瀬戸内寂聴
『愛する者の死と真向きになったとき、人は初めてその人への愛の深さに気づきます。「私の命と取り替えてください」と祈る時の、その純粋な愛の高まりこそ、この世で最も尊いものでしょう。』
人物:瀬戸内寂聴
『生きながらえる』という言葉がある。それは普通、ここでいうような『無為にだらしない生き方』を揶揄した言い方である。
人物:瀬戸内寂聴
ニーチェはこう言い、『君には人生の重荷が重すぎるというのか。それなら、君はその重荷をもっと増やさねばならない。』
人物:太宰治
例えばこういうことだ。なぜあなたは生きているのだ。 いや、生きながらえているのだ。途上国の人々が飢えによって苦しみ、衛生面の悪い生活を強いられ、病原菌や栄養失調で今日も明日も息絶える。
人物:太宰治
私はこれに反論したい。『裏切られた少年の姿』だったらわかる。少年は往々にして、スーパーヒーローやアニメの主人公に成ろうと憧れ、ファンタジーと現実との境界線を判断しきれていない。だが青年は違う。
人物:太宰治
まずポジティブに考えれば、それはとても良いことだ。『勝って兜の緒を締めよ』と言うが、平穏な日々が続いているからといって、明日もまた平穏だとは限らない。
人物:太宰治
右に曲がる。その道が、正しいのか間違っているのか、わからない。多くの人は、『左だ』と言っていた。だがその道に『違和感』を覚えた。
人物:太宰治
『天才の仕組み』を読めば、太宰治のこの言葉の意味が手に取るようにわかるだろう。しかし、まずはここに書いてあることを全て理解しなければならない。私が書いたぐらいだから簡単だとは思うが、難しいという人も中にはいるだろう。
人物:北野武
『死ぬのが怖くて、どうにもならない時期があった。高校生から大学生にかけての時期は、毎日のように死について考え、死ぬことに怯えながら生きていた。
人物:北野武
2014年10月25日たった今、映画祭で発言した言葉だ。ニュースで出ていた。 先ほどこの言葉と向き合ったばかりだ。
人物:北野武
『映画監督という、昔は思ってもみなかった仕事をするようになっても、やっぱり俺は理科系だなと思う瞬間がある。シナリオを書いていて、因数分解みたいな作業を無意識のうちにやっている自分に気づくのだ。
人物:北野武
だから、誰でもいいからリーダーを探してくっついていこうとしたり、なんとしてでも友達の輪の中に入れてもらおうとする。
人物:北野武
天国や地獄が本当にあるのかも、神様がいるのかいないのかも、誰も証明したことがないわけだ。そういう曖昧な状態なのに、生きる意味を探せなんてことを言われたら誰だって迷うに決まっている。』
人物:北野武
震災の時に寄付した額にも、違和感があった。極めて第一線にいる北野武ほどの人物が、所ジョージと合わせても、海外のタレントよりもその寄付額が少なかったのだ。もちろん、一般の人からすれば桁違いの額だが、それでも、相対的に見て(少ないな)と思ってしまいがちな額だった。
人物:北野武
スポーツ新聞に「たけし、再起不能か?」なんて書かれた、あの原付バイクの事故からもう12年の歳月が過ぎている。
人物:本田宗一郎
人生は一度しかない。『人生』だ。『人生』の話をしているのだ。(わかってるよ)と思った人は、次の言葉を聞いてどう思うかだ。
人物:本田宗一郎
たった今、86歳の祖母が認知症であることがわかった。まあ、高齢者の定めでもあるのかもしれないが、とうとう私の祖母にもそれがやってきたのだ。
人物:本田宗一郎
だいたい、おれにとって家庭訓が一番難しいってことは、世間様のほうがよく知っているよ。それでもまあ、自分の生き方を強いて言うなら「当たり前のことを当たり前にやる」ってことかな。
人物:明石家さんま
ネット上の情報をどこまで信用するべきかは問題だが、それは紙でもテレビでもどんな媒体でも同じことだ。
・NEXT⇒(6ページ目)
・⇐BACK(4ページ目)
スポンサーリンク
当サイト最重要記事
シェア
偉人の名前や名言を検索
おすすめ関連記事