人間関係が重いと感じる。どうしたらいい?
重いと感じる人間関係はうつの敵です。うつ病まではいかなくても、うつ的な症状になら誰にでもなってしまうものです。うつ病の改善・予防のためにも、重いと感じる重荷は降ろすが勝ちです。
先生
ハニワくん
今まで積み重ねてきたものが、人間関係を億劫にさせる
重いと感じる人間関係はうつの敵。そんな重荷は降ろすが勝ち。
この記事は、
と併せて考えていきたい。
自分にとって重荷と感じるものは、全て降ろしていくことを考えていきたい。その中で、もちろん挙げられるのが、『
』だ。人間関係は本当に重い。重いし煩わしいし、悩みの種である。
もちろん、『その悩みが幸せなの』という、子供に対する愛情をあらわす言葉がこの世にあることはわかっている。だからすべての人間関係とは言わないが、しかし、往々にしてまず人間関係とは、重いし煩わしいし、悩みの種である。
先生
ハニワくん
先生
ハニワくん
- 人間関係は重荷。
クリスチャンの家庭に生まれて
例えば私なら、両親、妹、祖母がクリスチャンであり、私だけそうではない。
私の心はイエス・キリストなど求めていないし、これからも求めることはない。しかし、私は、
と言われた。そして、こんなことは氷山の一角だ。私はかつて、この両親が死んでこの世から消えれば、どんなに楽になれるだろうと考えた。
そして、現在。それから20年経った今。私はいまだに、クリスチャンではなく、彼女らはクリスチャンである。
のだ。どちらが正しいかということは、一生わからない。イエスが神の蘇りであり、最後の晩餐があるということが事実かどうかなど、その時になるまでわかるわけもなく、我々の人生の時間の中では、決着がつく問題ではないのだ。
私は別に、キリストを敵視しているわけではない。私はこういう環境で生まれた運命として、この世を生きる500人の偉人の、8,000の言葉を内省した。当然その偉人の中には、儒教の始祖『孔子』、キリスト教の礎『イエス・キリスト』、仏教の開祖『釈迦』、古代ギリシャの哲学者『ソクラテス』がいる。
道教の創案者『老子』、イスラム教の開祖『ムハンマド』、また、キング牧師や、 ダライ・ラマ14世に大きな影響を与えたヒンズー教の指導者『ガンジー』 ら、アインシュタインやエジソン、ニーチェや松下幸之助等がいる。
そんな私が、クリスチャンにはならないと言っているのだ。そして彼女らは、一生クリスチャンであり、私も、彼女らがそれで平安に生きていけるのであれば、なにも文句は言えないのである。
先生
ハニワくん
- 世界の50億人以上の人が何らかの宗教を持っている。
負の連鎖を断ち切る
さて、このようにして、人間関係というものは、重いし煩わしいし、悩みの種である。私などは一度
だ。中には本当に殺すか、あるいは自ら命を絶つ人もいるだろう。それだけ人間関係というものは、重いし煩わしいし、悩みの種である。まずはその決定的な事実を、理解するべきである。
ドイツの詩人、ゲーテは言った。
私がクリスチャンではないことで、私が受けた精神的ダメージを理解できるだろうか。きっとこのサイトを見ている人なら理解できるだろう。私以外にも同じように、
に悩み、苦しみ、心を病む人がいるのだ。
私は、どうすることにしたと思うだろうか。そんな家族との人間関係を、どのようにすることが最善だと考えたと思うだろうか。
私は、
のだ。そうすることによって、私の母、祖母ら『だけ』が、私の血筋でクリスチャンであったことになり、彼女らは、一時のさまよう子羊だったことになる。
そんな彼女らも、私の父の様に、いずれは必ずこの世を去るのだ。それを考えた時、むしろ彼女らに同情心が湧く。
のだ。彼女らも、迷い、苦しみ、だからこそそこに辿り着いたのだ。
自分の心に問いかけてみよう。今、自分の身にある人間関係は、本当に自分にとって、必要な人間関係なのだろうか。あるいはその人間の意見は、本当に聞くべき模範的な意見なのだろうか。それとも、逆に彼らの意見こそは、正されることが必要なのだろうか。
先生
ハニワくん
先生
ハニワくん
先生
- 人々は理解できぬことを低く見積もる。
- 今、自分の身にある人間関係は、本当に自分にとって、必要な人間関係なのか。自分の心に問いかけてみる。