うつの人が抱えている、問題解決が出来ない理由ってなに?
うつ病の人が抱えているのは、未解決問題です。その未解決問題が解決しないから、うつ的な症状に悩まされます。
しかし、問題解決ができないと思い込んでいることが弊害となり、その未解決問題がいつまでも未解決問題のままでいるのです。それを解決するにはたった一つしかありません。『内を観る』ことです。
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治療する立場の人から見たうつ病の徴候や症状とは – Inquiry. |
と併せて考えていきたい。そこに記載した以下の部分に注目したい。
『うつ病の患者は、問題にぶつかってもそれをどうやって解決したらいいかよいのかという考えがまったく浮かんでこない。一瞬一瞬が苦痛で、頭のなかは自分を責める言葉であふれ、それは何度も繰り返し自分のなかで反響する。身辺を清潔に保つことや、外見を整えたりすることも面倒になり、また、身体的には明らかに根拠のない痛みが繰り返し生じ、心気的な訴えが続く。すっかり気落ちして希望を完全に失い、独創力も欠如して、多くの時間をくよくよと心配して過ごす。』
この、うつと落ち込みは同じだが、うつはまるでブラックホールだ』この記事に書いた、
という部分は、『
『精神未熟という実際も手伝って、この闇の原因が何であるかはわからない。考えても解決が困難だから思考力の低下が起き、そうすると行動は刹那的になり、悪循環になる。だが、何をしても結局は心の中にある闇を取り除くことはできない。』
という部分ととてもよく似ている。事実私はその記事で、
『だからあの頃の私は、掃除も勉強も、何も手がつかなかった。そんなことはブラックホールの解消と比べれば、優先順位が低かったことだったからだ。』
と記載していて、『身辺を清潔に保つことや、外見を整えたりすることも面倒になり』という部分にも一致することになる。つまり何が言いたいかというと、
ということだ。
しかし、私が決定的に違うのは、『ネアカ性』である。つまり、根暗の真逆の性格なのだ。従って、常にそうしたブラックホール的な闇は心に渦巻いていたが、極めて顕著なネアカ性が、私の心で常にブラックホールと闘い続けていて、私が完全に闇に毒され、意気消沈することはなかった。
例えば自殺など、考えることもなかった。いや、自殺を考えるような究極の場面もあったが、その場面で私が紙に書いたのは、
だった。この言葉をわざわざ書くほどの状況がそこにあったわけだが、私はそう書き、そして闇に完全にのまれることがなかった。
私の心には、ブラックホールに対抗できるだけの『太陽』が存在していたのだ。いや厳密に言うとその太陽は全ての人に存在していて、敏感だった私は、人一倍早くにその太陽の存在に気づき、
のだ。
それに比べて私の部下は、同じように心にブラックホールを抱える人間だが、私とは違って完全な『根暗』である。『治療する立場の人から見たうつ病の徴候や症状とは』の記事で書いてあるような症状がピタリと当てはまるのだ。
という状況が常にあって、そのうち、8年の時間が経って、『掃除、身だしなみ、感想文、文章を書く』ということについては、以前と比べれば完全に改善の方向に進んでいることが確認できるが、
である。
しかも、その改善された部分も、改善されるまでにかけた時間、労力、私がどれだけ喉を傷めて叱り続けたか、どれだけ殴りつけ、どれだけ
を想像させ、どれだけ重い制裁を課してきたか、ということを考えると、『よかったね』という言葉ではとてもすまされない、想像を絶する時間がそこにあった。
それでも、
なのである。これはもう、彼がある種のうつにかかっていると考えても、過言ではないといえるだろう。
彼には再三再四、言い続けている。私がそうだったように、彼に必要なのは、
だ。そして、 だ。
のであれば、それはただ、『潜る深さが浅いだけ』だ。
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