儒教の始祖 孔子(画像)
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内省
失敗したときに、すぐに言い訳をし、誤魔化し、あわよくば隠蔽し、責任転嫁をし、問題の解決から目を逸らす人がいる。中にはそれをうまくやることが、賢いと思い違いをしている人も多い。やめたほうがいい。
例えるならこうだ。ある一本の紐がある。その紐は、生まれて、死に向かって伸びている一本の紐である。人はその紐を手繰り寄せながら、一日一日、人生を生きていく。
ある日その紐がこんがらがってしまった。その紐をほどくのは、面倒だ。手間がかかる。嫌な仕事だ。やろうと思えば誰でもできることなのだが、やらなくても先に進めるという短絡的な事実から、やろうと思う人が少ない。だがこの絡んだ紐は、ほどかないと後々自分の足に絡まって、その足を引っ張ることになる。手間をかけてほどいた人がスムーズに人生を歩んでいるとき、絡んだことを無視した人は、その絡みに足を引っ張られ、足止めを食らう。
問題解決の重要性とは、そういうことだ。問題が起きたら、見て見ぬふりをしてはならない。誤魔化してはならない。責任を、誰かに転嫁して逃げてはならない。問題は必ず起きる。その起きた問題に対してどう向き合うかが、人の運命を決めるのだ。
孔子はさらに言う。
『過ちを犯して改めないのを、本当の過ちというのだ。』
また、弟子の子夏は言う。
『小人物は間違いを起こすと、うわべを取り繕って誤魔化そうとする。』
つい最近の時事問題で言えば無料携帯ゲーム会社、GREEによる、『未成年からの超過課金問題』である。同社はこの事実を、半年以上も隠蔽していた。実際に、隠蔽するつもりはなかったとしても、社会の目はそうは見てくれないだろう。
もっと早くに自らの過ちを公表し、返金措置を取っていればシステム上の誤作動、不具合程度に見られたかもしれない。社会の裏でコソコソと金を儲けるチンピラ稼業ならまだしも、あれだけの影響力を持った企業がやることではなかった。法の網をかいくぐり義利合一の精神を忘れた人や企業は淘汰される。問題を見て見ぬふりをして先を急ぐ人はまるで負けることを恐れ、勝ちに焦った『ウサギ』である。
勝つのは『カメ』だ。つまり、問題が起きるごとに立ち止り解決してから前に進む。急ぎ足の人から見ればそれはもちろんノロマに見えるがそれが人生の、最短ルートなのだ。
そもそも『カメ』は、勝つことに執着していたのだろうか。『ウサギ』と地上というアウェイで勝負しようと思った時点で『カメ』は勝ちに執着していない。『カメ』のホームは、海だからだ。『カメ』はただ、与えられた環境で自分のやるべきことやれるだけのことを全力でやっただけなのだ。
参照文献
子曰く、君子重からざれば、すなわち威あらず。学べばすなわち固ならず。己に如かざる者を友とすることなかれ。過ちては、すなわち改むるに憚ることなかれ。
関連する『黄金律』
『失敗をすぐに認められるか、それとも隠蔽するかで人間の価値は決まる。』