仏教の開祖 釈迦(画像)
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内省
人に負の感情を押し付けられることはよくある。これだけの人がいるのだ。その数の分だけ、可能性がある。例えば理不尽に、こちらが何もしていないのに、人が怒りをぶつけて攻撃してきたとする。ここでその怒りに押し流されて、あるいは恐怖し、支配されてしまっては、こちらには嫌な気持ちしか残らない。相手だけが鬱憤を晴らせるという、なんとも理不尽な一件になる。
だが、もしそのとき、冷静さを保ち、それについて怒らずに、平常心で、克己心で、あるいは、哀れむ気持ちで彼を見ることが出来たなら、彼の心には、こちらに受け取らせるはずの『鬱憤』という負がどっさり残る。そして彼は、こちらに投げ飛ばしてスッキリしたと自分に言い聞かせるものの、実際はこちらが受け取らなかったため、心底に抱えたままになり、その鬱憤をたった独りで消化せざるを得ず、自滅するだろう。
負の連鎖を断ち切る人間とは、まるでバリアーが張るかのように、自分の人生に、害を及ぼす『悪玉菌』が入ってこないよう、コントロールする。あるいは、入ってきても鍛え抜かれた『善玉菌』でもって、悪玉菌を退治し、劣位にさせるのだ。
こういう人間は、強い。たとえこの世でどんなことが起きても、自分の人生を見誤らない。
参照文献
仏典
法句経4。
関連する『黄金律』
『人間が戦うべき相手は外にはいない。「内」にいるのだ。』
『アウトサイド・インではない。インサイド・アウトだ。』