仏教の開祖 釈迦(画像)
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内省
『違和感』とは、往々にして『心底の声』と言うこともできる。『心底にいる自分』というのは、大体自分のことを良く知っている。心底の反対が、『表面』だとしたらわかるはずだ。
表面、つまり顕在意識。毎日、朝起きて、食事をして、会話をして。会社に出かけようか、テレビを観ようか、歯を磨こうかと、顕在意識が自分に働きかける。つまり心底とはその反対で、潜在意識のことだ。普段、潜在している。だから普段の生活には、この潜在意識はあまり影響していないように思える。
人は、人生という毎日を過ごしていくために、『余計な情報』を心底に沈めておくのだ。『余計な情報』とは、トラウマのことでもあるし、普段の生活には、常として必要のない情報。『7つの習慣』にあるマトリックスで考えるとわかりやすい。
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顕在意識、つまり毎日を過ごすために多くの人は、第一領域、第三領域、第四領域、 つまり『第二領域以外』に人生の時間配分をしてしまっている。『心底』というのは、第二領域的な時間の使い方をしなければ、向き合うことは出来ない。だが、『心底』には、往々にして自分にとって重要な情報が詰まっているのだ。『違和感』とは、その心底にいる自分が送る、サイン(合図)だと思った方が良い。
(その選択は、違うんじゃないか。)
(これを言わないと、また同じことになるよ。)
(それを見て見ぬフリして、後悔したじゃないか。)
そういう風に自分に働きかけるサイン、それが『違和感』の正体だ。私はこのことについてよく理解しているつもりで、例えば表面、つまり顕在意識では、
(この取引はメリットが大きいと思う)
と判断しているのに、『違和感』は『やめろ』とサインを送るときがあった。だが当時の私は、
(いやそんなことはない。利益になる。)
といってその『違和感』を無視し、そのまま取引を進めてしまった。すると、やはり結果が出なかった。それどころか、『違和感』の指示通り、取引先の不審な態度が明るみになったのである。
(違和感に従えばよかったな。)
私は何度も何度もそういう経験をしてきたからわかるのだ。往々にして、その『違和感』が正解だ。
参照文献
経集48。
関連する『黄金律』
『他と違うことは恥ではない。誇りだ。』
『どれだけ生きるかではなく、いかに生きるかが重要なのだ。』
『この世には、自分にしか歩けない道がある。その道を歩くのが人生だ。』
『「生きる」ということの本当の意味とは。』