仏教の開祖 釈迦(画像)
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内省
なぜかというと、『膨張』の過程は、自分が『弾ける』と思っていないからだ。確かに、ぐーんと一気に膨らんでいるのは知っているが、それを『膨張』だと言われれば確かにそうかもしれないと考えるが、『急成長』という言葉もあるわけで、なんなら
(おいおい、やっかむなよ。成功者は妬まれるぜ)
などという勘違いをし、この言葉の真意を読み解く前に、目を逸らして相変わらずの『膨張路線の上にある妄想』に目を向けるだろう。『逸らせるだけの金』がある。『逸らした先にちやほやする人間』がいる。だからそうするのだ。真理から目を逸らし、自分が見たい景色に目を向ける。
『ウシジマくん』の作者が世に訴えているのは、同じことである。この映画を単なる『軽薄な不良漫画』だと思っているのであれば、それは自分の見識が無いだけだ。この作品や、同じ作者が描いた『スマグラー』には共通点がある。それは、
- 『人間は膨張を求める』
- 『人間は自分の都合の悪い真実から目を逸らし続ける』
- 『逃げ続ける人間は人生の窮地に追い込まれるまで、永久に逃げ続ける』
という訴えがあることだ。それは『教育』に真正面から向き合っている全ての教育者なら、目から鱗が落ちるほど、理解できるはずだ。
私の周りに、一体どれだけ『膨張』を求め、弾けた人間が居るだろうか。破綻して金も恋人も友人も失って蒸発した人間、今まさに懲役刑を受けている人間、心身への負担が膨らんでショック死した人間、私はそういう人生を一通り見てきている。
まだ弾けてないから、自分のは膨張ではない? 本当にそう思うか。ただ、先に弾けた膨張型人間より遅いスピードで膨らみ続けているだけ ではないのか?
ブッダは言う。
『その負のエネルギーがたっぷりグツグツ煮られて熟して、ついにいやな報いを受けるまでの間は、自分は楽しんでいる。甘い汁を吸っている。と妄想していられるだろう。』
『夢』を見るのは良いのだ。ただその見ている方向が『膨張』なのであれば、今すぐ『成長』の方向へ、目を向き直した方が良い。
あるいは現代の経営の神、稲盛和夫に言わせれば、
『欲があるのは良い。欲と人間は切っても切れない関係だ。だが、どうせ持つなら自分の私利私欲だけが満たされる小さな欲ではなく、世の中の人すべてが満たされればいい、という『大欲』を持て。』
ということなのだ。
参照文献
法句経69、119。