仏教の開祖 釈迦(画像)
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内省
『酸化』とは、簡単に言うと、鮮度が落ちるということである。採れたての魚は新鮮だが、それを1週間そのまま置いておくとどうなるだろうか。たちまち魚の酸化が始まり、異臭が立ち込める。食べることなど当然出来ない。
人間にも似た動きがある。疲労物質を溜めると体に乳酸が溜まり、それが原因で身体が酸性に傾くようになる。酸性に傾くと免疫力が低下し、言うなれば『鮮度』が落ちる。血液も滞り、病原菌と戦う免疫力が低下し、異臭を放つようになったら、人間は魚と同様、著しく鮮度・状態を落とすことになる。
魚も人も、『鮮度』が大事だ。常に、最高の鮮度を保つことで、心身ともに健康でいられるのである。魚の場合、『酸素』に触れさえしなければ酸化はしない。では人間はどうだろうか。同じく、触れてはならないものがあるのだ。
それは、『ネガティブ性』である。消極的、悲観的、反応的、批判的、下を向き、打ちひしがされ、キリスト教の7つの大罪で言わせれば、傲慢、嫉妬、強欲、暴食、色欲、怠惰、憤怒である。
魚同様、人間もこれらのネガティブ性と触れ合うと、身体が『ネガティブ性』に傾く。ここまでは魚と同じだ。だが、魚が『一度酸化したら元に戻らない』のに比べ、人間の場合は、『ネガティブ性に傾いてもまた元に戻せる』。『ポジティブ性』に傾けることが出来るのだ。
しかし一度傾いた性質を元に戻すには大きなエネルギーを要する。だから日々、ネガティブ性に傾けないように努めることが必要なのである。マグロが止まると呼吸困難で死んでしまうように、人も同じく、走り続けて、磨き続けて、ポジティブ性を維持することを努めなければならない。その努力をしている間を、人生と呼ぶのだ。
by御木徳近
参照文献
法句経116。