キリスト教の礎 イエス・キリスト
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内省
ソ連の暴君と言われたスターリンは、こう言った。
この言葉を言い放ち、多くの人を死に追いやったスターリンは当然間違いを犯した。しかし、スターリンが言い当てるこの『人間の本質』自体は的を射ていて、事実、人間にはそういうある種の感覚麻痺した一面がある。その感覚麻痺はズバリ、間違っている。震災の時、
色々と騒いだが、北野武がそれについて言及したことは、私が震災を通して感じた妙な違和感の本質を捉えていた。
『2万人2万人って、 あんまり人数で言わない方がいいと思うんだよな。そういう言い方すると、 人数の方に頭が先行しちゃって。 それは違うと思う。一人一人の人間の命が亡くなったんだ。』
その後スターリンの言葉を知った。そして聖書は『マテオによる福音書 第18章』で、
『100頭いた羊の1匹が逃げ出した。だが、99頭いるから別にいいか、という発想ではなく、どこまでも羊を探した。ようやく羊を見つけると、羊飼いはとても喜んだ。神は小さな者の一人だに滅びることを望んではいない。』
と書いていることを知った。スターリンは、この言葉の意味を曲解し、あるいは援用したのだ。この章に書いてあることは、『命を数字で判断してはいけない』ということ。 つまり、この時ばかりは北野武が抱いた違和感が、正しい感覚である。スターリンが言った、多くの人が感覚麻痺として陥ってしまう『誤認』は、間違った感覚の在り方である。
イギリスの著作家、ウィリアム・ヘイズリットは言う。
この様な『感覚麻痺』も、同じく人間の間違った感覚の在り方である。まずはそれを知るだけで充分だ。
参照文献
マテオによる福音書 第18章。