キリスト教の礎 イエス・キリスト
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内省
その①がこの記事だ。
言葉というものは『火』と同じ。相手を暖めることも出来れば、火傷させることもできる。馬を操るときは轡をはめればよい。口に小さな轡ひとつはめておきさえすれば、大きな馬であってもその全身を制することができる。
また風を受けて動く船は、小さな舵一つがその行先を決めることが出来る。深く広い森を燃やすためには、ほんの小さな火があればよい。同じように、人間の舌はごくごく小さなものだ。だが、その小さなもので、人を暖めたり、火傷させたりすることが出来る。そして当然、自分が大火傷することもある。そう考えたら、言葉に取扱者の資格がないことの方が、おかしいと考えた方が良い。
参照文献
聖書
ヤコブの手紙 第3章。