名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!
口は災いの門。キリストの言葉、マテオによる福音書の超訳として
という記事を書いたが、言葉は人の心を温めることもあるし、大火傷させることもある。自分の口がどういう口か。こんな視点で一度じっくりと考えたいものだ。
私は普段、社長という立場にあって、吃音症を患った部下を10年見ていることから、傲慢不遜に陥りやすい性質を持っていると、常々理解していた。だから、
という話は耳にタコができるほどしていた。はずだった。しかし、ある時他の人と話すとき、電話のような会話だったので話をするしかなく、
(いつも通りたくさん知っている知識を話さなきゃ)
と思った私は、気づいたら一方的な口調になってしまっていた。私は『正論』を話した。孔子や松下幸之助の話をして、圧倒的な『義』についての話を軸にしたから、こちらが論破されることはない確信があったことも、一方的な口調に繋がってしまっていただろう。しかし、世の多くの人は偉人とは無縁の人生を生きていて、サラリーマンである。その人もそうだった。したがって、私とは違った世界、価値観で生きていて、相手との不和が生まれてしまったのだ。
その人が私の部下ならまだしも、違う世界で生きる人だった。それなのに、こちらの正論を一方的に突きつけ、『そうするべきだ』として、多様性を批判してしまったのだ。私はその会話の後、そんな自分が決して『美しい』とは思わなかった。違和感が残り、相手の心にトゲが刺さったからだ。
『美しい唇である為には、美しい言葉を使いなさい。』
なるほど私がこの時に使うべきだった言葉とは、決してその人の生き方を批判するようなものではなかったのである。
また、孔子の言葉の超訳として、
と書いたが、人を見る目も養いたい。
ブッダの言葉の超訳として、
とも書いたが、あるいはソクラテスが、
と言っている様に、表層的な事象に支配され、人の揚げ足を取り、妬み、執着し、罪深き心と小さな器を露呈しないよう注意したいところだ。包括的で、公明正大な、愛に溢れた『神の目線』は美しい。
『美しい瞳である為には、他人の美点を探しなさい。』
さっきの話で言えば、私はその人の美点を探すべきだった。その人の至らないところを見つけて一方的にその『落ち度』をまくしたて、攻撃し、自分の知識でそこを穴埋めし、そのアドバンテージから自分の権威と主導権を握る。私が無意識にやってしまっていたのはそういうことだった。確かにそういう戦略的思考が有効になるシーンはある。だが、全く逆効果になるシーンもあるということを、その多様性を私はもっと学ぶべきだったのである。
※これは運営者独自の見解です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
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