名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!
運営者
考察
例えば話を聞く。話の内容がよく理解できる。うなづき、相槌を続ける。途中で話の腰を折ってはならないと考えているからだ。相手が話し終わる。相手は、
(よく相槌は打ってくれたが、本当に理解してるのだろうか)
という半信半疑の状態にある。次の一手で、その全てが明らかになる。『賞美(認めて、褒め称える)』出来るのであれば、それは『相手を理解できた』ということになり、『的外れな意見を言う』、あるいは、『話を逸らす』のであれば、それは『相手の話を理解出来なかった』ということになる。
何しろ『賞美』するには、その話がどういう的を捉えていて、その時にどんな思いを相手がして、そしてその結論に至るまでどんな葛藤をくぐり抜けたかを、理解していなければ出来るはずもない。それがわかったということは、自分も同じ体験をしている。
(自分の立場になって、本当に(理解できる)と思っていたから、話を聞いてくれていたんだなあ。話してよかったなあ、)
と思われ、相手から信頼されるだろう。その信頼関係は、相手への理解、そしてその前に、自分がそれまでの半生で果敢に挑戦し、失敗し、葛藤し続けた波乱万丈な人生がなければ、あり得なかった。何しろ人間が最初に『人の気持ちを理解した』のは、相手が『痛がっている姿』を見たことだと言う。
(自分も足をぶつけたとき、痛かったんだよなあ…)
つまりここからもわかるように、人の気持ちを理解するためには、まずは自分が同じ経験をすることが大前提なのである。簡単に『人の立場になってみて』と言うが、それよりも重要なのは、自己体験である。
私は震災の時、東京にいたのだが、体感震度は人生で一番大きいものだった。
(死んだ)
そう思った。それほどの揺れを、体験したのだ。だが、同じ東京にいる身内に電話したとき、あっけらかんとした声でこう言うのだ。
なんという温度差だろうか。私は一瞬その身内が、(こいつは本当に身内なのか?)と疑ってしまったほどだ。まるでこちらの様子のことなど気にしていない。自分が揺れたか、そうでないかだけなのだ。私が彼に電話したのは、生まれて初めてのことだった。
被災者の気持ちは、被災者にしかわからない。私でさえ、ここまでセンシティブになったのだ。東北を筆頭とした震災の被災者は、一体どういう気持ちかわかるだろうか。人の気持ちを賞美するとか、理解するとか、そういうことをしようと思うなら、まず、自分にどれだけ『その資格』があるかどうか、厳かに自問しなければならない。
※これは運営者独自の見解です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
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