名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!
『旧』は、古い、とか、昔ということであるが、古くからの付き合いの人や、昔からお世話になっている人、ということだ。これをないがしろにして、『義』を語ることなど出来るわけがないのである。
但し、注目したいのは、その『旧』が、『旧悪』であった場合だ。例えば、『古い。確かにそれはそうだが、昔から虐待していた人間なのだ。』ということ。その場合は、その『旧悪』を大事にするということはあるだろうか。その人間関係を大事にする、ということは『護る』ということなわけだが、だとしたら、その『古くからある、続くその人間関係を、継続しなければ、義とは呼べない』ということになるが、そんなわけがないだろう。
古いからと言って、それが良いというわけではない。人間関係は、ワインと同じではないのだ。寝かせれば寝かせるほど価値が高くなるわけではない。
古くから『お世話になっている人』だ。そもそも、自分にそれを見極める見識がなければ、どの人間関係が大事で、なにがそうじゃないのか、ということを見極めることはできない。『昔から気に食わない奴だった』という人間が、実は裏では、自分のことを一番に考えていた、ということがあるのだ。そのことについて、じっくりと考えることが『義』である。
※これは運営者独自の見解です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
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