名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!
孔子は言う。
『虐待されようと、強奪されようと、忘れてしまえばどうということはない。』
確かにその通りで、私もたくさんそのような経験をしてきた。とんでもない目に遭った。ただそれをヒステリックに見せびらかすのが無様だと思っているだけで、語ろうと思えば人がドン引きする話は、一つや二つではない。しかしもう気にしていないのである。良い意味でも悪い意味でも、まるで無かったことの様に毎日を生きているのは、ある種不思議である。
作家の五木寛之氏は著書『大河の一滴』でこう書いている。
あるシベリア帰りの先輩が、私に笑いながらこんなことを話してくれたことがある。『冬の夜に、さあっと無数のシラミが自分の体に這い寄ってくるのを感じると、思わず心が弾んだものだった。それは隣に寝ている仲間が冷たくなってきた証拠だからね。シラミは人が死にかけると、体温のある方へ一斉に移動するんだ。明日の朝はこの仲間の着ている物をいただけるな、とシラミたちを歓迎する気持ちになったものだった。あいだに寝ている男が死ぬと、両隣の仲間にその死人の持ち物、靴や下着や腹巻や手袋なんかを分け合う権利があったからね。』
この先輩と同じように大変な人生を生きて来たというのに、著者の五木寛之は、今となっては新幹線に乗りながら除菌グッズを使用している自分と過去の自分を照らし合わせて、不思議な感覚になると言う。
人は、3日前の夕飯に何を食べたかも忘れていることがある。なぜ人は忘れるのだろうか。一次元に進む『時間』の絶大なる力に支配され、それに感化されて、その方向だけ、つまり前を向いて生きていくように、プログラミングされているからだろうか。あるいは、『白』の色があって、そこに『水色』や『青』や『赤』や『緑』といった色が混じると、元の『白』の原形や名残が消えてしまう様に、進んでいく時間の中で、色々な要因(色)が混じっていくせいで、以前あった色を、忘れてしまうのだろうか。
私は両方だと思う。人間の目が前についているのも、人が前を向いて生きていけばいいことを、指し示しているのだと思う。
※これは運営者独自の見解です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
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