名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!
高い山から見る景色は、絶景である。それを自力で登ったなら、なお絶景である。その絶景は、『行動』しなければ、望めなかった景色だ。その行動は、『絶景』がそこになければ、あり得なかった。だとすると、先にあったのは『幸福』。そして、そこに到達するかしないかが『人間』。そう考えると、人間はくよくよと下を向いている暇はない。目が前についていることを考えただけでも、人は前を向いて歩き、気高くこの世を去るべきだ。
ルソーは言った。
そもそも、『幸福』というのは『快楽』とは違う。快楽なら自分自身が何者であるかを理解していない人間や、その時期にある未熟な未成年にも感じることができる欲求である。学校や勉強をさぼったり、自慰行為や性行為に走り、あるいは暴飲暴食をする。また、スポーツをすることは健全だが、小学生の頃に楽しかったスポーツが必ずしもその人の『幸福』に繋がっているとは限らない。
往々にしてはそこに友人がいて、その友人とのなれ合いや、苦労から感じることのできる報酬系物質のドーパミンを受け、それを短絡的に解釈して『幸福だ』と誤解しているケースが多い。だから大人になるにつれ、
(別にこのスポーツで生きていきたいとは思わない)
と考え、違う道を模索しだすのである。おかしい。それがその人にとっての『幸福』なのであればそういうことにはならない。事実、サッカーをして本当に幸福だと感じる人がそのままサッカー選手になり、世界で活躍するというパターンもある。
つまり、その活躍した一部の人は『幼少期から自分が何者であるかを理解していた』のだ。そして快楽と幸福の違いをわきまえていた。自分は周りにいる半端な気持ちでやっている『快楽主義者』とは違い、自分の夢をかなえて幸福になりたい。そう固く決心していたのである。
オスカー・ワイルドは言った。
快楽主義者と言われるのは癪だろうが、実際はオスカー・ワイルドの言うように、生活するとはこの世で一番稀なことだ。たいていの人はただ存在しているだけであり、それはパレートの法則で(80対20)で考えても、偉人と凡人の割合で一致している。
ルソーの言葉から『行動』の意味を考え、オスカー・ワイルドの言葉から『生活』することの意味を見極めるべきである。そうすればベンジャミン・ディズレーリのこの言葉の意味をおのずと理解することになるだろう。
『行動は必ずしも幸福をもたらさないかもしれないが、行動のないところに幸福は生れない。』
※これは運営者独自の見解です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
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