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考察
いや、最愛の伴侶と死別した後、そこに遺る人の人生は、別に死と等しくはない。そういう環境になってしまったのなら、そういう環境を思う存分生きればいい。例えば私の母親は50歳になる前に夫、つまり私の父親を亡くしたわけだが、それから10年、『恋』をしている様には見えない。亡き夫を『愛』している様に見える。
正直、ルターと同じようにクリスチャンであるこの両親に、私は散々悩まされ、一時は本気で死を願ったこともあるが、こうして、不貞に走らず、あるいは再婚もしない母親の生き方は、ある種、尊敬に値するものがある。だから、恋なき人生は、別に死に値しない。
しかし、ここまで考えたうえで、もう一つの観点からこの問題を考えてみる。恋をしない人間、特に女性の女性ホルモンが、減衰していくことについてだ。そしてその一方、恋をすると女性が綺麗になるそれが活発になり、生き生きとしてくる事実だ。それはまるで、『死』の概念に近いものがある。『死』というのは、
ブッダが言ったように、
- 生:生きること
- 老:老いること
- 病:病を患うこと
- 死:この世を去ること
これらは全て、『苦しみ』の要素で成り立っている生まれては泣いて、細胞は破壊され続け喜びはあれど傷つくことも多く、病に侵され、体力は減少し、骨はすり減る。破壊され続け、すり減り続け、減少しきった場所にあるのが、『死』なのである。ということを考えた時、『減衰する』というその人間の姿は、確かに『死』の概念に近いものがある。(あの人がいなければ生きている意味がない)と思う人間の心は、まるで身体の一部をもぎ取られた者の心の叫びだ。それだけ、恋に並々ならぬ情熱を持っているのだろう。
『ソクラテス・イエス・ブッダ 三賢人の言葉、そして生涯』にはこうある。
喜劇作家であるアリストパネスは演説でこう言った。
『かつて人間は二つの肉体が背中合わせとなった存在であった。』
一体となっている二つの肉体のどちらも男である場合、どちらも女である場合、そして男と女である場合(両性具有=アンドロギュロス)があった。残念なことに、ゼウスの決定により、彼らの肉体は二つに分断された。それ以来、私たちは分離されてしまった片割れを求めている。元の肉体の組み合わせにより、求める片割れは男もしくは女である。アリストパネスによると、この探究こそが私たちが愛と呼ぶものである。愛とは、失われた原初の結合を回復しようとする欲求である。愛によって自分と一体であるべき片割れを見つけ出し、私たちの本来の姿を完全に回復できた時、私たちは最高の幸せを手に入れることが出来る。
恋なき人生とは、『新しい命を生み出せない』ということも含め、自分の命が最大限に躍動しない、鬱勃とした人生なのかもしれない。
※これは運営者独自の見解です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
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