儒教の始祖 孔子(画像)
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内省
孔子は、法治国家に賛同していなかった。孔子の理想とするところは、道義心が社会の隅々にまで行きわたり、法律など不用な世界だったというのだ。法など作っても、人はその法の網をかいくぐる。人間は、そういう生き物なのだ。私は今回の孔子の言葉(超訳だが)を通して、 孔子を更に身近に感じることが出来た。
私が10歳にも満たない頃、従兄弟や親族が集まる誕生日会かなにかの食事の帰り道、今でも覚えている。その車中で、私は車内にいる全ての『年上』に質問した。
私
すると、歳の差たった一つの従兄弟は言った。
従兄弟
従兄弟のその発言は支離滅裂な子供の意見だ。問題はない。いいだろう。だが、 運転していて、たまに『この世を知り尽くした態度を取り、他人にちやほやされている祖母』が、その問いに正確に答えなかったことは、『教育』ではない。
では、私が幼かったからだろうか。いや、それから15年以上経って私は、 祖母と真面目に話す場を設けて、祖母がどれだけの人物なのか探ったのだ。すると、残念ながら祖母は、『悔いのない人生を生きるためにはどうすればいいか』という私の質問に対し、
祖母
などと、全く的を射ない回答を返したのである。
人が全く的を射ない回答をする場合には、どういう心理背景があるだろうか。一つは、単純に、理解力が無い。もう一つは、自分が無知であることを悟られたくないという、『見栄』に支配されているのである。私がその時すでに、日本の世界遺産を全て見て回り、写真に撮り、アルバムにして祖母を含めた家族に渡していたことも影響しているだろう。
祖母はある種、私に『対抗』してしまったのだ。『私もいろいろなところは行ったし』などと、50歳も年上の人間が30歳にも満たない人間に対し、見栄を張り、対抗する姿は、正直見たくなかったのが、本音である。
私は年上に対し、常に要求が高い。私は祖母を含めた、『少しでも偉そうにしている人間』に対し、今回の孔子のような言動を取ってほしいと思っているのだ。ソクラテスのことを調べはじめたとき、私は心で思わず笑ってしまったのを覚えている。 ソクラテスも、『少しでも偉そうにしている人間』に対し、『無知の知』を問いただして回ったというではないか。
『あなたは何もかも知ったような顔をしているけど、 本当に知っているのか?』
今私は、実に20年以上も抱え続けた葛藤の答えを、人間の知性の頂である四聖の言葉をもとに、導き出している。両親や、祖母では私の求める答えを導くことは出来なかった。
その他の大人もそうだ。だが、 私には『恩師』と呼べる人間がいて、彼らはこれらを踏まえたうえで、『教育者』を語るにふさわしい人間だった。それは、幼い頃から真実から目を逸らさなかった私が断言できる。つまり、『中にはいる』のだ。 『大人、教育者』と呼ぶにふさわしい人間が、ちゃんと。
今、祖母と親は、私に対して意見することが出来なくなってしまった。なぜなら、『最初に私を見下していた』のは、あっちだからだ。 私が『誇示』していなかったことも関係していた。もう少し私が表面に出していれば、正当な評価をもう少し早い段階でしただろう。だが私には高い理想があり、『家族なら、見抜けよ』というあまりにも熱い思いを胸に秘めていたからこそ、それをしなかったのである。
例えば祖母であれば、兄に子供が出来たと知らせが入ったとき、部屋にいた私に聴こえるように、捨て台詞を吐くように、こう言ったことは、取り返しがつかない。
祖母
…なんという愚かな発言だろうか。これで20年以上教会に通い、『イエス様』だとか言って、敬虔なクリスチャンを装うのだから、私は人間の愚かさに、苛立つのだ。 (鬱になるよりは苛立つ方がいいだろう)
つまりこういうことだ。『もし私が、不妊治療に悩む女性と付き合っていて、その女性が、そのことについてとても真剣に悩んでいる』としたら?
祖母はいったい、どうするつもりだったのだろうか。私が祖母のことを『この世を知り尽くした顔をして』と言った意味がわかっただろう。
戦争を乗り越えたことは、確かに大変だっただろう。息子が精神分裂病だったことは、さぞかし大変だっただろう。社長夫人として命がけで会社経営のサポートをすることは、本当に大変だっただろう。だが、祖母の生き様に、私は実の孫として、力強く主張をさせてもらう。
人間は、『道』を踏み外したほうに落ち度がある。(それは、私自身がよく理解するところだ。)『道の上』を歩く人間と、『道の外』を歩く人間とでは、『外道』と書くぐらいだ。雲泥の差が開いてしまうのだ。
普通、『圧倒的な法律の力』とか、『80歳にもなる時代の先人』とかいうことになれば、気を臆し、追従し、あるいは同調してしまうだろう。だが、 孔子の意見は違うのだ。私の意見も違う。『法律』などに頼るな。全ての人間が主体的であれば、そんなもの必要ない。
その『理想の実現の行方』がどうなるのかなど私には知ったことではない。そんなもの、私が『理想を掲げ続ける』ことを止める理由にはならない。私はこれからも、『本当に正しい意見』しか聞くつもりはない。それ以外は聞くに値しない。
いやもちろん、祖母や親には感謝している。彼女たちがいなければ、私の存在はないのだ。彼女たちは『最高の育児者』だ。だが、『最高の教育者』ではない。自分の過ちを認められない人間に教わることは、何もないのだ。家族だからといってそれを贔屓することなど、私が理想とするところではない。残る人生、彼女たちも私も、悔いのない人生を生きなければならない。
追記:祖母はこの後、私に謝罪できた。詳細は、 この記事に書いた。88歳のときだった。
『人間の知性の高さと器の大きさは、受け入れなければならない事実に直面した時の、受け入れる時間の長さに反比例する。』
参照文献
子曰く、これを道びくに政をもってなし、これを斉うるに刑をもってすれば、民免れて恥なし。
関連する『黄金律』
『流動変化が避けられないことを知っているかどうかは、人間の運命を大きく変える。』