私は割と早い段階からこう考えていた。『人間は結局、考え方の同じ人同士で集まる生き物だ。』友人、盟友、恋人、伴侶、自主的に集まる人々は皆、何らかの絆で結ばれている。『気が合う』、『考え方が合う』と思っているのである。なぜ、私が早いうちにそう考えたかというと、それは私の親がクリスチャンだったからである。
そして私はどうしても、クリスチャンになることはできなかった。クリスチャンにならなければ、私の家では肩身の狭い思いをしなければならなかった。だから当然私と家族の間には、不和があった。だからいっそのこと、自分に嘘をつき、クリスチャンになれば、 “楽”になれた。だが、”楽しく”はなかっただろう。
人生は、”楽”をするために生きているんじゃない。”楽しむ”ために生きてるのだ。当たり障りなく同調し、波が経つのを恐れて迎合し、”楽”になれると追従し、たった一度のこの人生を生きて、それで本当に悔いが残らないか。
『お前の部下だと!?ふざけんな!!考え方が違うから別々の道を好きに行きゃいいんだそれが海賊だ!!』
我々は”人生”を生きている。たった一度の”人生”を。クリスチャンになりたければなればいい。仏教徒になりたければなればいい。”たまたま周りに居た”というだけの理由で、家族も含めた、知人友人同級生と、盟友になるということはない。自分を貫き、自分にしか生きれない人生の選択を選び、その道で出会った人間こそが、自分が築くべく、本当の人間関係なのだ。たった一度の自分の”人生”を、見失ってはならない。
Vアニメ「ワンピース」15周年記念!15の名場面で綴る感涙PV
※画像は以下の参考文献から引用しています。
この記事は2009年に書いたものです。とても未熟な時期に書いたものなので、いずれまた修正いたします。またこの記事は運営者のワンピースに対するリスペクトの想いから書いていますが、もしこの画像の著作権が問題になる場合は、画像をすぐに削除いたします。