とかく人間は、『油断』してしまいがちだ。それは、『慣れ』とも言うし、 複数になれば『なあなあ』とも言い、『傷のなめ合い』とも言う。そっちの方が『楽』だからだ。『ナマケモノ』のような動物がいて一日中微動だにしないように、 人間も放っておいたら、『そっちの方角』に引っ張られることが往々にしてある。 だが、我々は『ナマケモノ』ではない。 『人間』である。 だとしたら、より人間らしく生きることこそ、人生に与えられたテーマである。
『より人間らしく』とは、いったいどういう人生だろうか。例えば私は10年以上前、『新宿西口が本店』の業界トップをひた走る、 ある家電店で働いていたとき、同僚同士がこう話すのを聞いた。 『本店じゃあ、 背筋が曲がっていただけでクビらしいぜ』 そういう世界があるのだ。場末じゃ慣れ合いがまかり通るが、 前線に行けば行くほど、それが通用しなくなってくる。
メジャーリーグで活躍するような第一級のプロ野球選手とて同じことだ。いつでも戦力外通知が出されるリスクを持ち合わせている。 それが、第一線の世界だ。 戯言やなれ合いは通用しない。つまり、ままごとや傷のなめ合いがしたければ、 『楽』をしたければ、 どんどん下がることだ。 一線から。
『しっかりしやがれ!!! これからだぞ!!! ”新世界”は!!!』
『─うん悪ィ!!! もう油断もしねェ!!!』
そして、ヒエラルキー構造の下へ行くのだ。そうすれば、そういう緊張感から解き放たれる。 だが、それが嫌なら、そういう人生を生きていて、『生きている気がしない』なら、 『環境』の力を利用したり、『一流の盟友』から手加減なしの面を打たれながら『怠け心』を打ち砕き、 全身全霊でこの人生を生き貫くべし。
そう。『より人間らしい人生』とは、 『ナマケモノ』の対極である。悲劇のヒーローを気取らず、 幾多の言い訳を飲み込み、 あるいは吹き飛ばすような尊い精神によって、 『第一線』をひた走る人生こそ、人間の矜持なのである。 『第一線』とは決して、大金を稼いで有名になり、大活躍する人間だけを指すのではない。第一線の人間とは、『力に屈しない』、あるいは『屈しなかった』人間のことを言うのである。 下に引っ張る力、 横に逸らそうとする力、 圧迫して押しつぶそうとする力、 全ての力に屈することなく、人生を生き貫くべし。
Vアニメ「ワンピース」15周年記念!15の名場面で綴る感涙PV
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この記事は2009年に書いたものです。とても未熟な時期に書いたものなので、いずれまた修正いたします。またこの記事は運営者のワンピースに対するリスペクトの想いから書いていますが、もしこの画像の著作権が問題になる場合は、画像をすぐに削除いたします。