このSTRONG WORDを一見すると、(確かにその通りだ)と、うなづいてしまいそうになってしまうかもしれない。
『世の中には……死んだ方が人の為になるという不幸な星の下に生まれる人間もいるもんだ……例えば”世界を焼き尽くす悪魔”がいたとして……それを呼び起こす力をもっている者がわずか8歳の純粋な少女であった場合…その少女は誰かの手で人々の為に殺しておくべきだと思わないか?(中略)物ごころついた時から自分の存在そのものが”罪”!!!自分が消えることでしか人を幸せに出来ないそういう不幸を背負っているんだ』
だが、これは簡単なトリック(詭弁)である。まず、『世界を焼き尽くす悪魔』だが、たしかにそういう悪魔を呼び起こす人間は、人々から悪魔の子だとか黒魔術師だとか魔女だとかいって忌み嫌われそうだ。だが、この言葉は、この言葉を言っている人間次第で意味が変わる。例えばこの世が、愛も秩序もない、『悪人だらけの世界』になってしまった場合、彼ら悪人によって、身内も友人も全て失った罪のない人間は、彼らを『焼き尽くし』、再生しようとする救世主や、隕石や、天変地異を、何と呼べばいいだろうか。『悪魔の所業』だろうか。『神の裁き』だろうか。
『世界』のメタファーに隠れている真実次第なのだ。『世界(天国)』『世界(地獄)』両方とも同じ『世界』であり、もし(天国)の様な罪のない人々の世界を焼き尽くすのだとしたら、それは『悪魔の所業』に等しいが、(地獄)にも等しい混沌とした理不尽な世界がリセットされるのであれば、良識のある人々がそれを『悪魔の所業』と呼ぶことは、激減するだろう。私自身、10代の思考放棄をした、短絡的にしか世界を見れなかった時代であれば、この言葉を鵜呑みにしていただろう。
世の中にある未解決のまま宙に浮いているこうした人間の葛藤に、知らぬ間に黒く染められた自分の心の一部は、人格を歪曲させ、人の道から逸脱させる。だが、思慮浅く行動し、失敗や後悔を何度も繰り返し、何年も何千回も内省を繰り返してきた私は今、この言葉に流されない。内省は、人間が自分の規範で考える力が身につく唯一の手段なのだ。人間には確かに、”無限の可能性”がある。だがそれは、 “正”にも、 “負”にも、無限の伸び白がある、ということなのだ。このワンシーンは、人の心は放っておけばどこまでも歪曲するという、人間の”哀しい可能性”が垣間見えるシーンである。
私の周りは、『育児と教育』の違いを知らない大人に、 “教育”を放棄された人間ばかりだった。だからこそ、ここから考えられる事実を、人一倍重く受け止めるのだ。いずれ生まれる自分の子供に、きちんとした人の道を”教育”出来るよう、今日も明日も内省を続け、『人の道のマップ達成率』を、上げていかなければならないのだ。
Vアニメ「ワンピース」15周年記念!15の名場面で綴る感涙PV
※画像は以下の参考文献から引用しています。
この記事は2009年に書いたものです。とても未熟な時期に書いたものなので、いずれまた修正いたします。またこの記事は運営者のワンピースに対するリスペクトの想いから書いていますが、もしこの画像の著作権が問題になる場合は、画像をすぐに削除いたします。