名言一覧
36個あります。
『生活するとは、この世でいちばん稀(まれ)なことだ。たいていの人は、ただ存在しているだけである。』
『私は人生をあまりにも重要なものと思っているので、真面目にその話をすることができない。』
『噂をされるより悪いことがひとつだけある。それは、噂すらされないことだ。』
『若いときの自分は、金こそ人生でもっとも大切なものだと思っていた。今、歳をとってみると、まったくその通りだと知った。』
『わずかばかりの誠実さは危険、度を越した誠実さは致命的。』
『人間は自らをあまりにも深刻に考えすぎる。即ちこれを原罪という。』
『悲しみの表現を身につけるとあなたにとって貴重なものとなる。喜びの表現を身につければ限りない喜びが味わえるというものだ。』
『子供をよくする最善の方法は子供を幸せにしてやることだ。』
『教育は結構なものである。しかしいつも忘れてはならない。知る価値のあるものは、すべて教えられないものだということを。』
『友人の苦難に同情することは誰にでもできるが、友人の成功に同感するには大変優れた性質が必要だ。』
10。
『他人の悲劇は、常にうんざりするほど月並みである。』
『若い人たちは誠実になろうと欲するが、そうはできない。老いたる人たちは不誠実になろうとするが、そうはできない。』
『愛を必要とするのは完全な人間じゃない。不完全な人間こそ、愛を必要とするのだ。』
『人は自分の最も悪い習慣でさえ失うことを残念がる。おそらく、最も残念がるだろう。なぜなら、それこそがその人の人格の本質的な部分であるからだ。』
『軽薄な者だけが自らを知る。』
『経験とは、誰もが自分の過ちにつける名前のことだ。』
『人々が私に賛成するときはいつも、私は自分が間違っているに違いないと感じる。』
『戦争では強者が弱者という奴隷を、平和では富者が貧者という奴隷をつくる。』
『戦争が邪悪だと認められている限り、戦争は常にその魅力を持つだろう。これが卑俗なものだと考えられる時は、戦争は一時的なものに終わるであろう。』
『文学とジャーナリズムの違いは何だろうか。ジャーナリズムは読むに耐えない。文学は読む人がいない。それがすべてだ。』
20。
『定義するということは限定することだ。』
『人生には選ばなければならない瞬間がある。自分自身の人生を充分に、完全に、徹底的に生きるか、社会が偽善から要求する偽の、浅薄な、堕落した人生をだらだらと続けるかの、どちらかを。』
『女は男に欠点があるからこそ愛するのだ。男に欠点が多ければ多いほど、女は何もかも許してくれる。我々の知性さえもだ。』
『人生は複雑じゃない。私たちの方が複雑だ。人生はシンプルで、シンプルなことが正しいことなんだ。』
『楽観主義者はドーナツを見、悲観主義者はドーナツの穴を見る。』
『大衆とはすばらしく寛容だ。天才以外のすべてを許す。』
『老人はあらゆる事を信じる。中年はあらゆる事を疑う。青年はあらゆる事を知っている。』
『ほとんどの人々は他の人々である。彼らの思考は誰かの意見、彼らの人生は模倣、そして彼らの情熱は引用である。』
『男は女の最初の恋人になりたがるが、女は男の最後の恋人になりたがる。』
『本当に魅力的な人間には、2種類しかない。何もかも知り尽くしている人間か、まったく何も知らぬ人間かのどちらかである。』
30。
『不平や不満は人間にとっても、国にとっても進歩の第一段階である。』
『よい決心というものには、ひとつの宿命が付きまとっている。よい決心がつくのは、いつも時すでに遅しとなってからという宿命だ。』
『皮肉屋とは、あらゆるものの値段を知っているが、何ものの値打ちも知らない人間のことである。』
『彼女は、弱さという何ともいえない魅力を欠いている。』
『私たちは、不必要なものだけが必需品である時代に生きている。』
『一貫性というのは、想像力を欠いた人間の最後のよりどころである。』
36。
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オスカー・フィンガル・オフラハティ・ウィルス・ワイルドとは(画像)
アイルランドの作家。生誕1854年。男。オスカー・ワイルド(1854~1900年)は、退廃的・耽美的と言われた19世紀末を象徴する詩人・劇作家です。当時はイギリス領、現在ではアイルランドのダブリン出身で、現在でもイギリス・アイルランド両国において国民的作家として高く評価されています。
代表作には「サロメ」「ドリアン・グレイの肖像」などがあり、とくに「サロメ」はドイツの作曲家リヒャルト・シュトラウスによるオペラ化によって広く知られています。作品にも退廃的・耽美的な要素が濃厚に漂っており、現在でも高い人気を得ています。また、「幸福な王子」をはじめとした童話も残しています。
一方で、男色趣味が糾弾され、逮捕されて収監された過去もあります。これは幼少時に母親から女子の服装をさせられていた環境が大きな影響を及ぼしていると言われていて、こうしたエピソードも19世紀末の雰囲気に似つかわしく、その怪しい雰囲気で現在でも多くのファンを得ています。