いびきをかく人が周りにいないだろうか。あるいは自分がかいていないだろうか。私の周りにも何人かいたが、彼らのそれはまるで『個性』として片付けられていた。ある種仕方ないことだとして、そのままにされていたわけだ。
よく、スパなどの仮眠スペースで休憩することがあるのだが、そこでもいびきをかく人は毎回存在する。それも同じように、仕方のないことだとして、皆諦めている。スタッフは、
- 電話に出る人
- 荷物を置いて場所どりをする人
- 持ち込みの食事をすること
に関しては厳格なチェックをするのだが、いびきをかく人に関してはノータッチだ。それはそうだろう。彼らの頭の中にある『マニュアル』には、それを止めることは含まれていないのである。
だが、『「死」をまねく睡眠時無呼吸症候群』にはこうある。
いびきは酸素不足を引き起こす
いびきをかいている人は一歩一歩死に近づいているのです。(中略)いびきをよくかいている人は一見気持ちよさそうに、無心で眠っているように傍目には見えます。でも、実はその睡眠は決して深くはないのです。昔のことわざに『鼾(いびき)をかく者は夜聡し』というのがあります。これは、いびきをかいている者は敏感に目を覚ますという意味。いびきをかいて寝ている睡眠は浅い睡眠なのです。そしてこれが最も重要な問題なのですが、いびきをかく人のうち、なんと70%の人が睡眠中に『呼吸停止』を引き起こしているのです。
例えば目の前で、犯罪に手を染めようとする人がいたり、触ると毒に侵されてしまうものに触れようとする人がいたり、あるいは事故や病気で苦しんでいる人がいる人がいたとき、それを見て見ぬふりをするだろうか。ほとんどの人はそれでも見て見ぬふりをするだろう。
今の結論を聞いて、驚いただろうか。流れ的に『ほとんどの人は止めるはずだ』と書くと思っただろうか。残念ながら、人間というのはそんなに高尚な存在ではない。『プロスペクト理論』でノーベル経済学賞を取ったダニエル・カーネマンの著書、『ファスト&スロー』にはこうある。
よく言われる『最小努力の法則』は、肉体的な労力だけでなく、認知能力にも当てはまるのである。この法則は要するに、ある目標を達成するのに複数の方法が存在する場合、人間は最終的に最も少ない努力ですむ方法を選ぶ、ということだ。経済学的に言えば、努力はコストである。そこでスキルの習得も、その利益とコストを天秤にかけて行うことになる。こんな具合に、怠け者根性は私たちの中にしみついている。
彼らが『マニュアル(台本)思考』なのも、ここで挙げた人々がその事実を見て見ぬふりをするのも、人間はこの『最小努力の法則』に支配される生き物だからだ。損をしたくない。たとえ利益を得られたとしても、損失を被ることの方が怖いのである。残念ながら、人間というものはその程度の生き物なのだ。
だから彼らスタッフは、『死の可能性があるいびきをかいている人』は無視して、『マニュアルに書いてある決まり事』を遵守するのである。彼らにとっては、自分の目の前で決められたルールを破られる方が、その人がその延長線上で死ぬことよりも、重大なことなのだ。
イギリスの作家、ウィリアム・ヘイズリットは言った。
この記事を見たあなたは、今後、電話は持ち込み食は頑なに注意するが、いびきをかく人は一切無視するスタッフを見たとき、こう思うだろう。
人間というのは何て愚かなんだろうなあ。
『いびき=死』という直結的な図式が蔓延しているわけではない。しかし、死んでから何を言っても遅いという事実も、同時に存在しているということを忘れてはならない。お酒を飲んで運転をして死亡事故を起こした人も、
これくらいは大丈夫だ
と思っていたということを、忘れてはならない。
まあ今回は少し厳しめに書いたのだが。
参考文献