いくつか質問があるんだけど、わかりやすく簡潔に教えて!
1.紀元前600年頃ギリシャで生まれました。『哲学』という日本語は、日本人の『西周(にしあまね)』が作りました。
2.古代ギリシャのタレスです。
『神話→宗教→哲学』の順番で世に生まれました。
神話はおよそ7000年前、宗教はおよそ4500年前、そして哲学はおよそ2600年前に生まれました。当時のギリシャ神話の神々は『人格神』かつ『多神教』でした。つまり、『人の形をした神がたくさんいた』わけです。するとそのうちギリシャ人たちは『神を何よりも優先する』考え方に疑問を覚え、『それに似た人間のことだってもっと知るべきだ』という考え方に至るようになりました。
人間は考える。これはまさに知恵だ。この知恵を愛するのが人だ。
愛=Philio。知恵=Sophia。それを足すと『Phillosophie(フィロソフィー)』、つまり『哲学』となる。こうして哲学は古代ギリシャで生まれたのです。ギリシャ神話の内容が大きく関係していたわけですね。そして初めて哲学をしたのは『タレス』という人物で、その後、人間についての哲学を始めたのが『ソクラテス』という人物でした。また、『哲学』というこの日本語は、日本人の『西周(にしあまね)』が『希哲学』と訳し、その後『哲学』だけとなっていきました。
上記の記事までに、『神話編』、『宗教編』の輪郭をまとめた。今回からは『哲学編』となり、それで最下部にある『年表』における、人間の歴史上での、人間の心の変化や在り方についての、輪郭が完成することになる。
上記の記事にも書いたように、『哲学』の語源である『philosohia(フィロソフィア)』は、古代ギリシャで生まれた。当時のギリシャ神話の神々は『人格神』だった。つまり、人とほぼ同じような存在だったため、そのうちギリシャ人たちは『神を何よりも優先する』考え方に疑問を覚え、『それに似た人間のことだってもっと知るべきだ』という考え方に至るようになった。
愛=Philio。知恵=Sophia。それを足すと『Phillosophie(フィロソフィー)』、つまり『哲学』となる。こうして哲学が生まれた。
そしてこの古代ギリシャで、
といった哲学の巨人たちが生まれるようになるわけである。
白鳥晴彦氏の『哲学は図で考えると面白い』にはこうある。
哲学はあらゆる学問の水脈
政治を学ぶうえで哲学はどうかかわってくるのか、さっぱりわからないという人がいて不思議ではない。しかし、政治の原理を解き明かしたのは哲学なのだ。プラトンなどは理想的な政治形態として『哲人支配』を提案してもいる。技術的な政治論の根底には哲学的な政治原理が脈々と流れているのである。
法律も同じだ。六法全書や民法などを”記憶”するだけが法律を学ぶことだと考えれば、たしかに哲学は遠くにある。しかし、歴史的に法が国家のなかでどのような意味を持ち、為政者にとって何だったのか、あるいは民衆にとってどんな働きをしたのかといったことは、哲学の領域で学ぶべき事である。
経済ではどうだろう。資本主義というの経済方式のしくみを明らかにしたのは思想家・マルクスだった。価格や剰余価値といったテーマに言及したのも、また、マルクスである。マルクスは経済学者でもあったわけだが、彼の経済学はいうまでもなく、マルクス主義という思想(哲学)体型を基礎にしているのである。
文学と哲学のかかわりについては改めて言う必要もないだろう。人間を描き、社会と人間のかかわりを描き…というぐあいに人間を中心に据えた表現世界である文学は、人間存在とは何か、かかわるとはどういうことか、社会とは何か、心とは、行動とは…といった哲学的な思索を抜きには成立し得ない。
また、理系の学問も深いところでは哲学につながっている。宇宙や自然の原理を探究したタレスも、生物や天体について考えたアリストテレスも、ピタゴラスの定理を発見したピタゴラスも、哲学者であったこと、近代でいえば、現象学を打ち立てた哲学者・フッサールが数学者でもあったことを記せば、その証明には十分だろう。心理学や言語額、文化人類学などとの接点も哲学ははっきりと持っているのである。
こうしてみると、哲学はほかの学問と『関係ない!』どころか、あらゆる学問が哲学の洗礼を受けていることがよくわかる。それは哲学が自然や世界、あるいは社会や人間のおおもとのところにある原理を追い求めるものだからである。
哲学は、ありとあらゆる学問の『水脈』なのだ。神話は宗教に大きな影響を与え、宗教は今の世を生きる人々の根底に強く根付くほどの影響力があるが、この『哲学』もまたそれに匹敵するほど、この世を生きる多くの人間の思想に影響を与えているのである。
また、このように『すべての学問の水脈であり根っこ』と考える人もいれば、『世界の哲学;ギリシャ哲学からポストモダンまで (教養マンガ2)
哲学ははっきり対象が決まった学問ではない。たとえば歴史学、経済学、社会学などは研究分野がはっきり決まっているが、哲学はそうではない。だから哲学はどんな分野を研究してもいい。ただ、その分野の根本問題と向き合うのが哲学なのだ。したがって、哲学はすべての学問の上にある。どんな分野でも最も重要なのは、人生観と世界観であるだけに、狭い意味では哲学は人生観と世界観を追求する。
このように、『すべての学問の上にある』という考え方をする人もいる。だが、どちらにせよ共通しているのが、人の思想の『根っこ(根本)』には哲学があるということ。それほど人間にとって哲学というのは重要な要因なのだ。
ちなみに『哲学』という言葉は日本人の『西周(にしあまね)』という人物が作った言葉だ。
ちなみに先ほど説明した『タレス』はギリシャ七賢人の一人。紀元前625年頃から547年頃の自然哲学者である。ソクラテス以前の哲学者の一人で、西洋哲学において、古代ギリシアに現れた記録に残る最古の(自然)哲学者であり、イオニアに発したミレトス学派の始祖である。
ギリシャ7賢人
つまり、哲学というのは紀元前600年頃に生まれたということになる。
宗教の話を見てみよう。『天国と地獄』の発想の大元はゾロアスター教で、それがユダヤ教、キリスト教らに影響した。終末論(最後の審判)、救世主論(キリスト等のメシア(救世主)が現われる)という発想も、ゾロアスター教が最初である。ゾロアスター教の創始者ゾロアスター(ツラトゥストラ)は紀元前1600年頃を生きたとされていて、モーセが紀元前1280年頃、ヘブル人をエジプトから脱出させ、シナイ山で神ヤハウェと契約を結んで『十戒』を作ったことがユダヤ教の最初だから、ゾロアスター教の方が最初に存在しているという見方が出来る。
ちなみにヒンズー教は世界最古の宗教だが、厳密に言うとそれは『前段階』の体系が世界最古ということになる。宗教が生まれたのは大体このあたり、つまり、今から『4,500年前』くらいだということになるだろう。
では『神話』はどうか。それは具体的にはわかっていない。『古代宗教』と『神話』が同じものだと考えることができるが、一つだけわかっているのは『宗教の前に神話があった』ということ。そう考えると、大体紀元前5000年頃からあったのではないかと考えることができる。
神話 | 紀元前5000年頃~ |
宗教 | 紀元前2500年頃~ |
哲学 | 紀元前600年頃~ |
これが、それぞれの思想体系が作られた大体の時期ということになる。だからこそ、『神話⇒宗教⇒哲学』の順番で記事を書いたのだ。次は、『哲学で扱う学問』について見ていこう。
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参考文献