宮崎駿の伝説の作品『風の谷のナウシカ』には有毒なガスを発する菌類の森、『腐海』と呼ばれる森に地球が覆われている様が、描かれている。そこには、『人間は地球の加害者だ』という宮崎駿の思いが反映されている。日本テレビで放映された『スタジオジブリ物語』にはこうあった。
1970年、『人類の進歩と成長』を謳った大阪で行われた日本万国博覧会、この一大イベントを成功させた日本は、経済大国への道をひた走る。1972年には『日本列島改造論』が発表され、更なる改造、開発が推進された。やがて『Japan as No.1』と称されるほど、経済は強くなっていった。一方、70年代はまた、『公害・環境問題』が沸点を超え、爆発した年代でもあった。
これまで、開発と呼ばれ、進歩だと思われていたものが、実は、破壊であったことが、次々と明らかになったのだ。(イタイイタイ病、四日市ぜんそく等の発覚)この時代、宇宙から地球を観た映像が、人々の意識を変えた。地球は『全体で一つの命』の様に見えた。『風の谷のナウシカ』には有毒なガスを発する菌類の森、『腐海』と呼ばれる森に地球が覆われている様が、描かれている。そこには、『人間は地球の加害者だ』という宮崎駿の思いが反映されていた。
『僕等自身がこの時代を生きてきて、ビニールが出来た時にすごい物ができたと感動し、アメリカの自動車ラッシュの渋滞の写真を見てすごいなと感動したり、農薬が出来た時に日本の米は助かったって思い、化学肥料が出来た時もそう思った。しかし、全部裏目に出ちゃったわけですね。誰か責めるわけにはいかなんですよ。僕ら加担したわけですよね。』
映画中盤、地下世界に落ちたナウシカたちが、『腐海』の本当の意味を発見する場面は、見る者に深い感銘を与えた。『毒』を放つものが、実は『毒を浄化』していた。この斬新な世界観に影響を与えたのは、『水俣病に関わるニュース』だった。水俣湾は、水銀に汚染され、死の海になった。魚を食べられないので、漁民は漁をやめた。
数年経つと、この湾には、他の海では見られないほど多くの魚がやってきた。岩にはカキがいっぱいついた。海中の泥を調べてみると、独自に進化した驚異の細菌が発見された。(有機水銀分解菌)水銀を浄化する能力を身につけていたのだ。これらの事実が宮崎に大きなインパクトを与えたのである。
…つまりあの『腐海』は、水銀で汚染された水俣湾を浄化した『細菌』がモデルになっているのだ。人間が自分勝手に汚染させた自然を、自然が、浄化してくれていた。つまり、人間は自分たちの後始末を細菌にしてもらったのである。
なんという愚かな現実だろうか。それでいて人間は自分たちが『地球の覇者』のようにふるまっている。無知なのに知者をふるまう。これは、ソクラテスが愛した知性を愛する宮崎駿にとって、受け入れがたい現実なのである。
宮崎駿は、当時の東大総長が言った『肥えた豚ではなく、痩せたソクラテスになれ』という言葉に感銘を受け、自身を自虐的に豚にたとえ、『紅の豚』を作った。
『失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!』にはこうある。
地球の失敗[自ら天敵を生み出した]
植物が草食動物などに食べられ、草食動物が肉食動物に食べられ、肉食動物が死ぬと植物の栄養になる。このような命の流れを『食物連鎖』と言います。この仕組みから、完全に抜け出した生き物。それが私たち人間です。昆虫にとっての鳥のような『天敵』がいない、食べるばかりで食べられることがない人間は、自然の仕組みを狂わせる存在と言えます。
それだけではなく、人間は自分たちが暮らしやすいように山を削り、川の形を変えます。工場から出る煙は太陽を隠し、人を殺すために作った武器は大地も殺しています。このまま人間は、地球を壊し続けるのでしょうか?もしそうなら、地球の最大の失敗は、人間という天敵を生み出してしまったことなのかもしれません。
人間は本当に地球に住んでいいのだろうか。同じような危惧をしている人物は大勢いる。スティーヴン・ホーキングの著書、『ビッグ・クエスチョン<人類の難問>に応えよう』にはこうある。
地球はあまりに多くの領域で危機に瀕しており、私は明るい展望を持つのは難しい。よからぬことが近づく兆しはあまりにも鮮明で、しかもそんな兆しがあまりにも多い。第一に、私たちにとって地球は小さくなりすぎた。物質的資源は恐ろしいほどのスピードで枯渇しつつある。私たちはこの惑星に、気候変動という壊滅的な問題を押し付けた。気温の上昇、極致における氷冠の減少、森林破壊、人口過剰、病気、戦争、飢饉、水不足、多くの動物種の絶滅、これらはみな解決可能な問題だが、これまでのところは解決されていない。
我々は、35年前に宮崎駿がイメージした地球の未来を招いてしまうのだろうか。
ナウシカ第1話の冒頭にはこうある。
ユーラシア大陸の西のはずれに発生した産業文明は数百年のうちに全世界に広まり巨大産業社会を形成するに至った。大地の富をうばいとり大気をけがし、生命体をも意のままに造り変える巨大産業文明は1000年後に絶頂期に達しやがて急激な衰退をむかえることになった。「火の7日間」と呼ばれる戦争によって都市群は有毒物質をまき散らして崩壊し、複雑高度化した技術体系は失われ地表のほとんどは不毛の地と化したのである。その後産業文明は再建されることなく永いたそがれの時代を人類は生きることになった。
参考文献