役割変化によるうつ的症状は、本人がそれを望んでいても起こるの?
『本人がそれを望んでいても』という言葉への解釈次第です。
Contents|目次
この記事は、
うつ病の根幹にある『自分の思い通りにしようとする意識』 – Inquiry. |
うつ病克服の重要キーワード。『不一致』と『ストレッサー』 – Inquiry. |
うつの原因『子供の独立』。子供に対する愛情と執着 – Inquiry. |
と併せて考えていきたい。これは、『うつ病の改善に為に薬よりも重要な事実があることを知る 』 にも書いたが、人間は、『 生き物なのだ。
上記の記事に、『なぜなら、
からだ。』というキーワードを散りばめている。要は、『最初から子供が独立し、引っ越しをし、昇進して部下が増えることを なら、うつにはならない』と書いた。だが、とあるうつ病の本にはこうある。『たとえその状況が本人が望んだ変化であったとしても、その前後の状況や置かれた環境によっては否定的ライフイベントとなったり、あるいはその変化自体が心身への大きな負担となって、気分の落ち込みやその先のうつを引き起こすと考えられます。』
もしこの通りなら、私の話とは完全に対立することになる。つまり、『どちらが正しいのか』ということになってしまうわけだ。
この、一方的に書ける私が運営するウェブサイトの中で、しかも、そのうつの本を書いた専門家と対立するという状況で、私は、これをこう断言しよう。
この専門家は、もちろん私よりも『うつ病についての知識が豊富』である。だが、私は彼よりも上回るものを持っている。『それ』が、私をそう断言させているのだ。私は、人一倍研ぎ澄まされた見識を持っている。自分で言うのは単なる馬鹿だが、ここは言うべきタイミングだ。他の場所では書いていない。
私は、『四聖』に数えられる、
孔子、
ブッダ、
キリスト、そして、
世の1000人の偉人たちの言葉と向き合った。
もちろん、彼らの全てを理解しているわけではない。およそ30%ほどだろう。だが、その専門家はそれをやっていないはずだ。
その時点で、私は彼よりは、『うつの知識は少ないかもしれないが、上回る何かを持っている』ということが露呈するわけである。私の意見は少なくとも、多少は傾聴に値するはずだ。
いいだろうか。『たとえその状況が本人が望んだ変化であったとしても』と書いてあっただろう。だが、『本人がその状況を本当に望んでいるかどうか』を、
なのである。
つまりこういうことだ。ある女性がいた。
と彼氏に言っていた。しかし、いつの日からか体に吹出物が出来たり、どうも体調に変化が起きてきた。しかし、彼女は言い聞かせた。
これとあの人のこととは関係ない。私はあの人に憧れて、あの人と一緒になることを夢見てきたんだから。
だが、心底の本音はどうだったのだろうか。それが、体調不良という形で、サインとして表層に現れていた可能性もあるだろう。それを、(あるはずがない)などと言って、隠蔽するわけだ。その時、その
は、一体どういうものなのだろうか。
前述したリンク先に書いた記事には、こうした『役割変化』たる状況がうつを招くことに対して分析しているわけだが、それも、『本人がその状況を本当に望んでいれば』、間違いなく『現実との不一致』は起こらない。しかし、
ことになる。
例えば男が、権力と財力を手に入れて、
と言って、出世を『望んでいた』としよう。そしていざ出世したら、その責任の重さに押しつぶされそうになり、うつになったとしよう。では、そこにあったのは、『一致』なのか『不一致』なのか、どちらだと思うだろうか。
答えは、『出世するという目的は一致』している。だが、
なのだ、ということなのである。
だが、本来出世するということを本当に真正面から見ている人間であれば、そこにある景色は責任の重いものであることを自覚していたはずである。
それなのに、この男の場合は『自分は成功者だ』という、何の根拠もない思い上がりからその目標を設定していて、出世したら今よりもうんとわがままに振る舞え、私利私欲を満たせると思っていたわけだ。それで不一致して、体調を崩したといっても、それは悪いのは、
なのである。
つまり、その他にやるべきことがあるサインなのだ。そこに目を向けるべきなのである。
のだ。
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